君へ

己(おれ)がこのようなことを考えるに至ったのは、己が人間として死にたいと思ったからである。 居場所を失くし、浜に繋いであった小舟を盗んで逃げたが、陸おかで暮らす人間が思うよりもずっと、海に流されるというのは絶命的な事態だった。嵐に遭うまでもな…

よく溶ける公証役場【フレーズプラス小説】

「本職は遺言者栗山忠吉の嘱託により、田畑宇利之助、日向葵の立ち合いのうえ、左の遺言の趣旨の口授を筆記しこの証書を作成する」 日の下市公証役場から来たと名乗る田畑という男は、手にした書面を滔々と読み上げ、呆気にとられる一同を後目に早々と引き上…

自ら発熱する中庭(下)【フレーズプラス小説】

はじめはこの往復も大きな苦にはならなかった。腕に疲れこそ溜まっていたものの、日常の空白を忘れ、ひたすら体を動かす単純な作業が錆びついた頭に快かったが、そこは限りある人の身。もとより私は飽きっぽいのだ。直に嫌気がさしてきた。賽の河原で石を積…

自ら発熱する中庭(上)【フレーズプラス小説】

流れ落ちた汗が、眉間を伝い目に染みる。一月の中旬にもかかわらず、私の顔は汗に塗れていた。 手にしたポリバケツ一杯の水を、足元へぶちまける。十キロ近い重量から解放された両腕を曲げ伸ばしし、少しでも筋肉を休ませようとする。今水をまかれたばかりの…

【フレーズプラス小説】について

ランダムな二つの言葉を組み合わせてお題を生成してくれるフレーズプラスというアプリがあります。 「物差し突貫工事」はフレーズプラスで生成された「物差し突貫工事」というフレーズをもとに作ったお話でした。 考えながら書いたので描写も荒く、この僕こ…

物差し突貫工事【フレーズプラス小説】

「みなさん、物差しは持ってきましたか」 担任の宮下女史の一言に、同級生たちが元気よく返事をする。その声を聴くこの僕の顔は、暗く沈んでいた。 この僕、田中はじめはクラス委員も務める優等生だ。そんな僕がまさか物差しを忘れてしまうなんて。 クラス委…